プロローグ

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深夜のターミナルは、まだ何も言わない。

黒い画面に、単語だけが並んでいる。
通貨ペアの名前。指標の略号。スプレッド。
並べただけで、何かを始めた人みたいに見える。

でも、まだ何も始まっていない。
勝ってない。
負けてもない。
資産曲線も、ドローダウンも、まだ存在しない。

ただ、わたしが眠れずに座っているだけだった。

通貨相場は、深夜でも動いている。
株みたいに、学校の時間で閉じたりしない。
東京からロンドンへ繋がって、
ロンドンが終わって、ニューヨークがまだ残っていて、
こっちの部屋だけ静かで。

たぶん、それがよかった。

誰にも話しかけられない時間に、
誰とも話さず、
数字だけを見ていられる。


ポンド円を見ていた。
教室でいちばんうるさい人みたいな通貨だと思った。
すぐ動く。大きく動く。たぶん、疲れるのも早い。

価格が行きすぎたら、戻ってくる。
それを待てばいいんじゃないか。

そう思った。

でも、最初からポンド円に触るのは、少し怖かった。
うるさい人に、いきなり話しかけるのは無理。

だから、最初はドル円にした。
スプレッドが狭い。
ログが読みやすい。
失敗したとき、何が失敗だったのか、まだ見つけられそうだった。


「ここ、どう思う?」

ターミナルに向かって言ったあとで、AIに聞いていることに気づいた。
声に出す必要は、たぶんなかった。

返事は丁寧だった。
丁寧すぎて、少し距離があった。
でも、その距離がちょうどよかった。

画面の端に、まだ空のプロット画面がある
そこに線が引かれる。
右上かもしれない。
右下かもしれない。
途中で折れるかもしれない。

感情は、たぶん、あとから来る。

今日はまだ、何も来ていない。

タピオカプロテインにシナモンを入れた。
前よりマシ、だと思う。
たぶん。

部屋から出ないまま、わたしは少しだけ、遠くへ行く準備をした。